教育

現代の教育システムを疑う

投稿日:2017年12月3日 更新日:

何事も目の前のものを絶対視していては思考が進みません。
高い視点から、相対化してみることが大切です。

「学校に通うのが当たり前だ。」
と思っている人は思考がストップしてしまっているのです。

数年前までの私はそうでした。
教職に就いているからこそ、
教育界にどっぷりつかってるからこそ、
見えないものがあるのだと思います。

一つ高い視点で、
現代の学校を相対化して見ることで、
教育に関する理解が進みます。

相対化するには、古今東西を考えることです。

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かつての学びの実践者
孔子、釈迦、ソクラテス、キリスト
彼らに学びたいという弟子たちが、
師を選んで生まれたコミュニティーが
教育の場でした。

日本においても、
藩校や私塾でさまざまな教育が行われていましたが、
これらも全て、
希望者が師に教えを乞うて学ぶ場でした。

学びたいものが主体であり、
自分の意志で師を選んでいたのです。

教育の場はもともと主体的な場だったのです。

現代の学校教育では
「対話的・主体的で深い学び」
なんてことを、ことさらに言わなくてはいけない状況になっています。

それは、学校に通わせる義務が生じた結果です。
本来学びとは主体的な物なのですが、
現代の学校教育のシステムは
「主体的でなくなる」ようなシステムになっているのです。

だから、「対話的・主体的で深い学び」なんていう、
本来であれば当たり前のことを、
さも大事そうなスローガンにしなければならなくなったのです。

人類の教育史において、
現代の教育システムは、
特殊な状態にあるのです。

ある年齢になると、当たり前に学校に行き、
当たり前に、学級に振り分けられ、
当たり前に、担任の先生に学び、
当たり前に、決められたカリキュラムをこなす。

これは、高い視点から見れば当たり前ではないのです。

行動成長期、大量生産大量消費の時代には、
このシステムがある程度うまくいったともいえるかもしれませんが、

これからの時代、この教育システムはもはや時代遅れです。

そんな中、明るい兆しもあります。
「教育機会確保法」によって、教育の多様化への一歩が踏み出されました。

・・・・・・・・・・・・・
両院の付帯決議九に、
「不登校の児童生徒が、いわゆるフリースクール等の学校以外の場において行う
多様な学習活動に対しては、その負担軽減のための
経済的支援の在り方について検討し、その結果にもとづき
必要な財政上の措置を講ずること」
とあることは、ぜひとも実現に向けて具体化してほしいですが、
こうしたことが書かれたこと自体が、歴史的にみると、とても大きな変化です。
※「『天才』は学校で育たない」汐見稔幸著より
・・・・・・・・・・・・・・・・・

現代の問題点を指摘するだけでなく、
こうして問題を解決しようとしている、心ある人たちがいます。

私は、こういう人たちと連帯の絆を作っていきたいと思います。

-教育

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