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言霊と潜在意識

投稿日:2017年12月11日 更新日:

昨日はご縁紡ぎ大学新見校の第三講座で
川端知義さんのお話を聞きました。

「言葉の力」と題して、
言葉が潜在意識にどのように作用しているかを
とても分かりやすく教えていただきました。

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私も小学校の教師という仕事上、
「言葉の力」についてはもともと興味を持っていました。

そして、今日の講座を聞いて、
言葉
潜在意識
言霊
がつながりました。

過去に言霊についての授業をしていたことを思い出し、
ハードディスクを探してみました。

「言霊と日本文化」

という授業の指導案です。

指導案の教材研究の部分を以下に紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「日本は言霊の国である。」井沢元彦氏の言葉である。
なるほど日本には言霊信仰に基づいた文化がたくさん残っている。
子どもたちに日本文化を教えるためには、言霊というキーワードは避けて通れないものである。
【言霊にまつわる歴史】
「言霊」という言葉が使われた例は古代、万葉集までさかのぼる。この頃は「言」と「事」の区別があいまいだった。「言霊」と「事霊」という二つの使い方が見られる。
「言葉」の語源が「事の端(ことのは)」だと言うことを示している。
つまり、実際におこる「事」の端っこが「言葉」なのだ。
・『万葉集』 山上憶良 「好去好来の歌」
「神代より 言い伝て来らく そらみつ 大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の
幸はふ国と 語り継ぎ 言い継がひけり」
・『万葉集』 柿本人麿
「志貴島の 日本の国は 事霊の 佑はふ国ぞ ま福くありこそ」
古今和歌集にも、歌(言葉)の力を信じていたという証拠がある。
・『古今和歌集 仮名序』
「力をも入れずして天地を動かし 目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ
男女のなかをもやはらげ    猛きもののふの心をもなぐさむるは歌なり」
さらに、さかのぼると古事記にも言霊に関連した記述が見られる。それは「言挙げ」という言葉である。「言挙げ」とは言葉を口に出して言うことである。
息吹伊吹山の神を討ち取りに出かけたヤマトタケルが白猪に遭い、「これは神の使者であろう。今殺さず帰る時に殺そう」と「言挙げ」する場面がある。この際の用例が現存最古のものとされる。またこのヤマトタケルによる言挙げがその慢心によるものであったため、神の祟りによって殺されてしまった。自分の意志をはっきりと声に出して言うことを「言挙げ」と言い、それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされる。(ウィキペディアより)
「言挙げ」について言えば、みだりに人の名前を口にしないと言うことも言霊信仰の一種だと言える。万葉集に次の歌がある。
「あらたまの年の経ぬれば 今しはとゆめよわが背子 わが名告らすな」『万葉集』
(おつきあいしてだいぶたったけど、あなた、どうか私の名を人に言わないで)
人の名前を口にする事はその人の人格までをも支配してしまうという考え方があるのである。
天皇の名前は決して口にされることはないというのも言霊信仰の一種である。
また、自分の本名を「諱(いみな)」「忌み名」といい、本名を使わず通称を使うという文化もそうである。
【現代に生きる言霊信仰】
このように、古代から日本人は「言葉には不思議な力が宿っている」と考えてきた。
「口に出して言ったことが本当になる。」信じられてきたのである。このような言霊信仰は、古代に限ったことではない。今現在も言霊信仰は残っているのである。
例えば次のような身近な例がある。
①結婚式のスピーチで「切る」「終わる」などの言葉を使わないようにする。
②「あなたの乗る飛行機は落ちるよ。」などというブラックジョークは絶対のタブーである。
③「雨が降ればいいのに。」と言っていた子は本当に雨が降ったときはみんなから非難される。
④「葦(悪し)」は「よし」に「シネマ(死ねま)」は「キネマ」に言い換えられる。
⑤受験生を前に「落ちる」「滑る」という言葉は禁句である。
⑧日本の契約書は薄い。(起こりうるトラブルを詳しく明記していない。)
⑨差別語狩りをすれば差別の実態もなくなると考えている。
⑩金メダルが無理だとわかっていても新聞は「金メダルに期待」と書く。
⑪「日本人は無口だ。」と言われる(みだりに言挙げしない)。
また、少し大きな事例もある。
⑫「軍隊」は「自衛隊」と言い換えられる。
⑬平和憲法があり、「平和を希求する」と言っていれば平和になると信じられている。
⑭戦時中は「日本が負ける。」ということを言えなかった。
「言ったことが現実に起きる。」なんがて馬鹿げている。そう思う子がほとんどだろう。
しかし、日本の社会で生きていく限り、子どもたちも知らず知らずのうちに言霊信仰をしているのである。それがゆえに、言霊がもたらすマイナスの側面も知らせる必要がある。
それは、
「起こってほしくない事を言うことができない。」
ということである。
例えば、起こってほしくない事を言わないばかりに、危機管理が甘くなり、万が一の事態に対応できなくなってしまうのである。「こんな危険がある。」「こんな困ったことがおきてしまうかもしれない。」と言うと、「縁起でもないことを言うな!」「そんなこと言ってたら本当そうなるぞ。」などと一蹴されてしまうのである。

逆に、言霊信仰には良い面もある。
日本語には同音異義語が多いため、縁起のいい言葉と他の言葉をかけて、シャレのようにして使い、生活を豊かにしたり、気持ちを盛り上げたりするものがある。
【言霊を利用したもの】
・おせち料理の昆布(喜ぶ)、七五三のちとせあめ(千歳飴)
・大事な勝負の前にはカツどんやカツカレーを食べる。
・受験生に人気の合格祈願グッズやお菓子。
「ウカール」「キットカット(きっと勝つと)」「雪見大福(だい福)」
これらは言霊を信じる日本人の特性を生かした、アイディアである。
また、言霊(言葉の持つ不思議な能力)が脳科学の進歩で解明されつつある。

【脳科学と言霊】
脳神経外科医 林成之氏
『運び込まれてきた重症の患者さんを治して、後遺症なしで退院させる。その目標を四割という高水準で達成することができた。』
『そのために、メンバーはいつも明るく前向きな姿勢でそれぞれの仕事に取り組み、「むずかしい」とか「疲れた」と言った“否定語”を使わないようにした。
(望みをかなえる脳)

医学博士 佐藤富雄氏
『自律神経系は、どうやら言葉の「主語」を解さず、何事も自分自身のことと受け取ってしまうようなのです。「誰々さんは頭が良い」と言えば、自分が誰かに褒められたときと同じような、ウキウキした気分が生まれてきます。』
『ふだん何気なく口にしている言葉、つまり口ぐせが、知らず知らずのうちに人生に反映されていくというのはまぎれもない真実です。』
『悪口や陰口を言った人自信の脳にも悪影響があります。脳の自律神経系は言葉の中の「誰が」という主語が理解できません。ですから、仮に「Aさんは生意気だ」と悪口を言ったとしたら、自律神経系は「お前は生意気だ」と攻撃されたのだと錯覚してしまいます。』
(いい「口ぐせ」はいい人生を作る)

古くから言霊文化が根付いている日本だからこそ、言霊と脳科学をむすびつけるような研究が進んでいるのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

6年前の指導案です。
今から思えば勉強不足で恥ずかしいのですが、
言霊信仰の良い面と悪い面を両方取り上げたい
という思いを当時も持っていたのだなと、
振り返って懐かしく思いました。

最近、潜在意識について学ぶにつれて、
日本人は、昔から潜在意識を使いこなす術を
持っていたのかなと思うようになりました。

今だったら、指導案の最後の
林成之氏
佐藤富雄氏
の後に
川端知義氏
の引用につながるのかなと思います。

それからもう一つ、
映画マトリックスを思いうかべました。
モーフィアスは言います。
「速く動こうとするな、速いと知れ。」

このモーフィアスの言葉と
川端さんの造語
「一切唯心造(いっさいゆいしんぞう)」
※すべては自分の心が生み出している。
がリンクしたのです。

全てを作り出している心は、
今までに
自分が聞いた言葉、
口にした言葉
から作られている。

「言葉って面白いな。」と改めて思いました。

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